秋篠宮家の公用車ディグニティを見ました(30日)

ラジオ日本の収録のため17時過ぎ、信濃町からホンダ本社のある青山一丁目方面に向かっていたら、首都高出口の信号が赤に。先頭で停止すると、なにやら警察官多い。しかも信号変わらず。VIPですね、と思って待っていたら、3分ほどでパトカーを先頭にした車列が出てきた。驚いたことにたくさんクルマ居ます。ディグニティや複数のセンチュリーといった具合。

天皇陛下の御車列を何回が見たことあるけれど、ここまでお付きの車両多くない。ディグニティは秋篠宮家の公用車なので(なんたって総生産台数59台の希少車です)、秋篠宮様がいらっしゃることは間違いありません。それにしても多い、と思ってたら、天皇陛下がフィリピンからお戻りになったニュースでやっていた。羽田空港までお出迎えの皇族の皆様であります。

ちなみに赤坂御用地には皇太子徳仁親王の東宮御所や秋篠宮邸、三笠宮邸などもある。首都高4号線の外苑出口から信号一つ曲がればアクセス出来るため、警備という点で好ましいし、交通規制だって慣れたもの。今回も交通を遮断したのは上を見て4分くらいでした。前述の通り私は先頭で停止していたにも関わらず警備の警官が威圧的で無く好感持てました。

天皇陛下はフィリピン御訪問時、空港までアキノ統領が自ら迎えに出向き、見送りまでしてくれるという異例の歓迎を受けている。国際的な慣例だと国賓であっても出迎えはNo2です。そのフィリピンで第2次世界大戦時、どんなことが起きたかという点について大半の人が認識していない。フィリピンの惨状は日本にとって最悪の歴史ということもあり、教科書さえ取り上げないほど。

例えば旧厚生省のデータによれば、フィリピンで戦死した方は51万人。そのうち、7~8割が戦うことなく餓死されたという。さらに日本軍の引き起こした内戦による争乱などに起因し(日本軍に徴用された人などを含む)、フィリピン国民もおよそ110万人が亡くなっている。日本軍の戦死者も民間人の戦死者も、沖縄戦のおよそ20万人(民間人は10万人)をはるかに凌ぐ。

その割にフィリピン国民は日本を受け入れてくれることに感謝しなければならない。天皇陛下も御心を痛めている御様子で、フィリピンでのスピーチを見ると心にしみます。改めて戦争の痛ましさを考える機会を作って頂いたのに、なぜか政府はこういったニュースを潰す絶妙のタイミングで黒田バズーカを撃った。マイナス金利の発表、1日待っても何ら問題なかったと思う。


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