戦争が終わった日に(8月15日)

4時に起きて仕事。6時過ぎに明るくなったら晴れている! こら暑くなるぞ、と思いきや、すでにパワフルな雲がムクムク立ち上ってます。晴れれば気温上がり積乱雲出来、大雨になるのだった。予想通り8時半から始まるシェイクダウンのレッキ中から怪しい空模様に。

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まるで魔界が近寄ってくるみたい。いや、実際ラリーやってると文字通り魔界ですな。迎えたシェイクダウン1回目はハーフドライ。ジャリ道走るの9ヶ月ぶり。インプレッサだと2012年12月にコースアウトして以来だったりして。しかもフロントとリアのショックが違う。果たしていかに?

走り出すとあらら! やっぱりフロントの旧式RSSPがカタいため、アンダーに終始しちゃう。予想出来たコトといえ、滑りやすい路面だとこいつぁ深刻。雪道で曲がらないクルマに乗るのと同じですから。1分40秒のコース1回走行じゃ感触も掴めないため2本目に並ぶ。するとどうよ! 魔界接近。

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ついにスコール!

デフロストを入れたら動かぬ。昨日小澤さんがインパネをバラした後、配線繋いでなかったらしい(昨日バラしているのを見たので直感した。後でチェックしたらビンゴ)。前は見えないワ、コースインしたら”ほぼ”全域が水没しており、道なのか川なのか池なのか全く解らないワで、電気クラゲにヤラれた如し。

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この雨、夕方まで降り続く。おそらく明日のSSもウエットになりそう。アジパシアはハンドカットが認められているため、ハーフウエット用タイヤを作る。ヨコハマのA053はカットする推奨場所が指定されてます。こんなこともあるだろうと、小澤さんがカッターを持ってきたのだった。

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ということでスタートの準備は完了! といっても上の写真の通り前上がりの姿勢になってしまった。クルマは2005年モノなので9年落ち。フロントショックは2009年にOHして以後、タイ選手権を5戦戦い放置されていたもの。リアなんか2004年から使っている骨董品。

車高10mmの上げ下げで走りの特性は全く変わる。しかもフロントときたら丈夫さが持ち味。滑りやすい路面だと突っ張る。普通ならガックリの状態ながら、私らキビしいラリーばっかりやってきた。というか、今まで満足に戦えたことなど無かったかもしれません。2011年のランエボなど酷かった。

ということから考えれば、整備万全。往年の名機だし。戦況を一変させる威力を持つ本土から届いた新兵器が使えなかった南方戦線の戦闘機乗りはガッカリするも、戦えないわけじゃありません。しかも戦う相手(外国の選手です)に挨拶すると、みなさん「頑張りましょう!」。

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8月15日のスタート台

今日は日本が戦争に負けた日である。イギリス領だったジョホールバルは1942年1月31日に日本軍が突入。マレーシア人に聞くと、それまで言うことを聞くしか無いと思っていたイギリス人を、同じ肌の色をした日本人がケ散らしたの見て驚いたそうな。これ、あまり語られない事実です。

マレー海戦では日本軍機がイギリス自慢の戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』を撃沈してます。その後、負けが込み、最後は戦線に食料も運べずこの記事によれば戦死者の多くは餓死だという。無念だったろう。いずれにしろ第2次世界大戦は植民地だった東南アジアの歴史を変えた。

そんなジョホールでモータースポーツという平和な戦いをしてる。なんとも有り難いことだと心から思う。今まで過ごした敗戦の日なかで、最も感慨深いです。人の命を奪い合う戦争なんか絶対やっちゃイケナイ。タチ悪いヤツに売られたケンカと同じで、社会人は少しガマンし最善の対応策を考えるべきだ。

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そんなことを考えながら迎えたSS1。セレモニアルスタート場所の隣に設けられた泥沼のスーパーSSは悪いブブンが全て出てしまった。運転手は田んぼの中でどうやってクルマを速く走らせたらいいか解らない。クルマは予想通り超ドアンダー。しくしく。今晩は戦争で亡くなった先達を思いながら寝ます。


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