桂田さんの訃報

10時に終わるというインタビューが11時近くまで掛かってしまい、次の予定であるザッカー座談会の遅刻が避けられなくなった。お相手はギョウカイの先輩である伏木センセ。私は体育会系だたっため、こういった上下関係を重視します。急がなくちゃ! ということで雨降っているけれど最も到着時間早いバイクを選ぶ。

慌てて雨具引っ張り出したら、どうやら私のモノじゃないらしくつんつるてん。フクラ脛からGパンが出ちゃってる。探す時間も無く濡れる覚悟。アクセルがっぱり開けると滑りまくるし。ただ不思議と覚悟決めて乗れば雨もまた楽し! 若い頃を思い出す。当時より慎重だから、時間は多少掛かります。

終了後、濡れ鼠で中野まで帰ると18時から三菱自動車で電池の記者発表を行うという。今日のTOPでも書いた関係上、行かなくちゃなりません。さすが夜の雨に濡れるのはイヤだから電車で田町。記者発表の内容はTOPで。状況を聞いて情けなくなった。日本の製造業もレベル落ちたモンです。

夜、ラリー関係の人から桂田さんの訃報が届く。自動車好きなら初代レガシィの基本性能を作り上げ、3代目の開発責任者だったことを御存知のことだろう。スバル大躍進の主役であります。スバルの研究所所長からSTIに転籍。翌年、ソルベルグをドライバーズチャンピオンにしたラッキーボーイでもあった。

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桂田さんとは初代レガシィの時から「あ〜だこ〜だ」と楽しくお付き合いさせて頂いた。上の写真はSTIに転籍して間もない頃のWRCドイツラリー。内心、スバルに残ってクルマ作りをしたかったようだけれど、この頃には「WRCでチャンピオンを取ってやる!」と新しい目標へ向かって全開でしたね。

明日の夜がお通夜だというので太田までお別れに行ってきます。


4 Responses to “桂田さんの訃報”

  1. applefanjp より:

    桂田さん・・・機能がデザインを生む・・・そんなレガシィでした。
    4WDのスバル・・・その立役者。
    まだお若いですよね。
    師匠、お別れに際して、いろいろな思い出をおもちでしょう。
    どんな言葉をおかけになりましたか?

  2. nogawan より:

    桂田さんの訃報、このブログで知りました。初代レガシィはスバルだけでなく、日本の車作りにも影響を与えた名車だと思います。不動の意志を感じますし、今見ても新鮮さを感じます。桂田さんの顔は初代レガシィに似てますかね?
    小生は研究所で運転支援システムの開発を担当した際に、桂田さんにお世話になりました。運転支援システムについては「必要だと思うが、俺は好きじゃないな。嫌ならスイッチ切ればいいんだな、スイッチ用意しとけよ…」って言ってました。

  3. 匿名 より:

    こんばんは。
    〉日本の製造業もレベル落ちたモンです。
    に一言です。私は電気系会社。
    近年の工場整理等で社内でも異なる分野へ異動するケースがあります。
    分野が異なると今までの経験、感が全く違います。
    大きい製造現場では生産システム化が進んでいると思いますが、やはり最後は人です。。。この判断はありないでしょ?みたいなケースが多々あります。オペレータ教育に時間、人数、想いが必要なのも現実です。
    今回ケース、落下した製品は流品停止、特性再テストする。と作業手順に記載されてない。と言われれば返す言葉がないです。。。それまで。
    昔はベテランオペレータの方が止めてくれた場合もありますが、今は少ないのでしょう。。。感じました。私も気を引き締めます。

  4. さね より:

    心から冥福をお祈りします。初代レガシィから今現在の全てのスバルのイメージを変えた凄い人だと聞きます。 あるインタビューでスバルAWD優位性とサスペンションに熱く語ってました。目的にかなうならサス構成はシンプルに棒一本で良い!とか。 今のスバル車見てどう思うんだろう? ACTー4ばかりになり、VTDは使わないリヤサスペンションはサブフレーム一体のアッセンブリー式ダブルウシュボーン。進化してるんでしょうが昔のストラットのほうが素晴らしかったような?荷室に飛び出し大きかったけど… キーマンがいなくなると自動車作り変わるんですね。非常に残念です、だけどここまでスバルを高めた実績は忘れられない人物として記憶に残るでしょう。合掌

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