<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	
	>
<channel>
	<title>
	イナダ釣れる へのコメント	</title>
	<atom:link href="https://kunisawa.net/diary/%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%80%e9%87%a3%e3%82%8c%e3%82%8b/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://kunisawa.net/diary/%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%80%e9%87%a3%e3%82%8c%e3%82%8b/</link>
	<description>車選び、最新車試乗記も満載　国沢光宏の公式サイト</description>
	<lastBuildDate>Mon, 14 Dec 2015 23:44:41 +0000</lastBuildDate>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.9.4</generator>
	<item>
		<title>
		匿名希望 より		</title>
		<link>https://kunisawa.net/diary/%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%80%e9%87%a3%e3%82%8c%e3%82%8b/#comment-7508</link>

		<dc:creator><![CDATA[匿名希望]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Jul 2012 14:01:56 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.polishfactory5.sakura.ne.jp/wp01/diary/%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%80%e9%87%a3%e3%82%8c%e3%82%8b/#comment-7508</guid>

					<description><![CDATA[愛すべき飛鳥丸。
私事になるが、我が叔母が飛鳥丸の「良き利用者」で今まで6-7回航海しているという。
彼女によれば「なぜ飛鳥丸に惹かれたか？」という周囲からの問いに対して、「船内パーティで綺麗な服を着てお姫様になった気分で、これこそ社交界の醍醐味！」という名文句を吐いたそうだ。
これを見て小生、母とともに吹き出してしまった「ままごと気分で、いつまでも少女趣味が抜けないのが傑作」と。
このことを今度は小生の仕事仲間、クルマ仲間各氏にバラした所「それはお前だって同じじゃない―レクサスIS350のハンドルを握れば人格もろとも強くなった気分で、普段ヴィッツに乗っている時とは別物の飛ばし方をするのはどうなんだ」いやはや鋭いご指摘！
考えてみれば確かにそうだと思う。ヴィッツやフィット、軽四などいわゆる「並のクルマ」を走らせている時と違って、メルセデスやBMW、クラウンにレクサス、フーガetc.....のハンドルを握った途端「一定以上の社会的地位や経済力を持った、一廉の人物」になったような「催眠術」にかかってしまい、路上の支配者よろしく横柄な走り方をする―これは人情ではなかろうか。
ただ物は考えよう、同じ「路上の支配者」なら支配者で、周囲の交通＝他者に対する配慮、正確に言えば一種の「罪の意識」とも言うべき責任感を抱いて走らせるのが本筋ではないかと思う。決して路肩を飛ばしたり周囲の下級車群を威嚇する「オラオラ運転」が許されるものではないのだ。
交通社会をリードする者としての「自覚」と「責任」こそが200馬力オーバーのマシンや大型トラック/トレーラーなど一連の「路上のエリート」の乗り手に求められるのは間違いない。
乱暴に分ければ「飛鳥丸→女王様/お姫様」も「高級車/大型トラック→路上の支配者」も同じ「ままごと感覚の特権意識」から来ており、ただ各々「女の子向き」「男の子向き」という違いとも取れようが、ともにそうした表層的なattractiveさの奥深くにある本質に迫る意義を理解していなければいけなかろう―「社交界とは一体何か？→欧州の貴族文化に端を発する社交パーティーを日本文化の日本人が真似るのは果たしてどうだろう？」「パワフルなクルマのハンドルを握る、それはこれからの地球、環境、交通社会に対してどういった形で整合性を持ちうるものだろうか？」等々、一度は頭を回してみる必要があると思う。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>愛すべき飛鳥丸。<br />
私事になるが、我が叔母が飛鳥丸の「良き利用者」で今まで6-7回航海しているという。<br />
彼女によれば「なぜ飛鳥丸に惹かれたか？」という周囲からの問いに対して、「船内パーティで綺麗な服を着てお姫様になった気分で、これこそ社交界の醍醐味！」という名文句を吐いたそうだ。<br />
これを見て小生、母とともに吹き出してしまった「ままごと気分で、いつまでも少女趣味が抜けないのが傑作」と。<br />
このことを今度は小生の仕事仲間、クルマ仲間各氏にバラした所「それはお前だって同じじゃない―レクサスIS350のハンドルを握れば人格もろとも強くなった気分で、普段ヴィッツに乗っている時とは別物の飛ばし方をするのはどうなんだ」いやはや鋭いご指摘！<br />
考えてみれば確かにそうだと思う。ヴィッツやフィット、軽四などいわゆる「並のクルマ」を走らせている時と違って、メルセデスやBMW、クラウンにレクサス、フーガetc&#8230;..のハンドルを握った途端「一定以上の社会的地位や経済力を持った、一廉の人物」になったような「催眠術」にかかってしまい、路上の支配者よろしく横柄な走り方をする―これは人情ではなかろうか。<br />
ただ物は考えよう、同じ「路上の支配者」なら支配者で、周囲の交通＝他者に対する配慮、正確に言えば一種の「罪の意識」とも言うべき責任感を抱いて走らせるのが本筋ではないかと思う。決して路肩を飛ばしたり周囲の下級車群を威嚇する「オラオラ運転」が許されるものではないのだ。<br />
交通社会をリードする者としての「自覚」と「責任」こそが200馬力オーバーのマシンや大型トラック/トレーラーなど一連の「路上のエリート」の乗り手に求められるのは間違いない。<br />
乱暴に分ければ「飛鳥丸→女王様/お姫様」も「高級車/大型トラック→路上の支配者」も同じ「ままごと感覚の特権意識」から来ており、ただ各々「女の子向き」「男の子向き」という違いとも取れようが、ともにそうした表層的なattractiveさの奥深くにある本質に迫る意義を理解していなければいけなかろう―「社交界とは一体何か？→欧州の貴族文化に端を発する社交パーティーを日本文化の日本人が真似るのは果たしてどうだろう？」「パワフルなクルマのハンドルを握る、それはこれからの地球、環境、交通社会に対してどういった形で整合性を持ちうるものだろうか？」等々、一度は頭を回してみる必要があると思う。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
	</channel>
</rss>
