ホンダ新体制の課題
この1年、多くのホンダ社員達が異口同音で「今のままだと厳しい」と言っていた。例えばまもなく発売される『S660』という軽自動車のスポーツカー。当初は若者が手軽に買える安価なスポーツカーというコンセプトだったものの、開発開始となるや「役員などがそんな中途半端なスポーツカーなんかダメだとなり、結果的に200万円以上という気軽に買えないクルマになってしまいました」。
先日発売された『ジェイド』というミニバンは『ストリーム』という3列シートミニバンの後継車というコンセプトなのだけれど、5年前のストリームの価格と言えば180万円。発売されたジェイドの価格を見たら、ハイブリッドになったとはいえ272万円! しかもストリームの大きな特徴だった広くて実用的な3列目シートが、身体を折りたたまないと座れないほど狭くなっている。
S660とジェイドに共通するのは、ユーザーのニーズを全く考えていない点。レジェンドや1800万円以上になるだろう次期型NSXだって厳しい。
リコール続出となりホンダの品質問題に発展したフィットのハイブリッドも同じ流れ。発売された当初から変速機に不具合を抱えていた。開発担当者は発売時期を延ばすよう懇願したが、今回伊東社長と同じタイミングで異動する野中俊彦氏を中心に「期日までに仕上げろ」と全く話を聞いてくれなかったという。
F1は参戦体制から考えなければならないと思う。昨年のこと。マクラーレンの総帥であるロン・デニス氏が青山のホンダ本社を訪れた。用件済んだ後、ホンダはタクシーを呼び、タクシー券を渡したという。この話を聞いた瞬間「厳しいですね」。現在のプロジェクトリーダーも十分優れた人材だと思うが、F1に向いていないと考える。
一方、伊東社長や野中氏の功績を評価すると、非常に大きい。伊東さんが社長になった2009年時点で、ホンダの技術は徹底的に遅れていた。ハイブリッドやディーゼル、小排気量ターボエンジンなど、現代の自動車に必要とされる技術を一つも持っていなかったのだ。
なにの2012年秋に行われたメディア向けのイベントでほとんど完璧な先端技術を「まもなく市販します」と披露した。普通の会社なら10年掛かるような技術開発を3年で行なったのだから驚く。おそらくTOPダウンの猪突猛進作戦に違いない。この時点で少しだけ開発速度を緩めれば良かった。
不具合続出となったフィットのハイブリッドだって1年間発売を遅らせたらこんな状況になっていない。参考までに書いておくと、フィットの不具合が出た際、まもなく市販を予定している車両の開発責任者達を呼び「このまま出したら絶対に問題が出るというモデルはあるか?」と聞いたら、ほとんど全員挙手したそうな。
社長交代でホンダは変わるだろうか。とりあえず伊東社長と鬼軍曹役だった野中氏、そして本来なら独走を抑えに回る役目だった研究所社長の山本芳春氏が降板になるけれど、課題山積である。品質問題を出したためガチガチの守りに入っており、攻める商品を作りにくくなってしまっている状況。経営陣が縮こまってしまった。
少なくとも経営陣の意識改革を行わないと夢のある商品は出てこないだろう。ホンダ自ら『枠にはまるな』と言っている通り、完全に枠にはまっている。今のホンダを見ていると、ここにきて元気一杯のトヨタとポジション的に入れ替わってしまったようだ。
ただ経営の状況は十分に良い。アメリカ市場で盤石。中国も現状維持。新興国は来年あたりに高い競争力を持つ商品が出てくる。八郷新体制の舵取り次第で一気に盛り返せると思う。伊東社長交代が1年くらい前だったら、ホンダらしく潔いバトンタッチと言われたかもしれない。
<おすすめ記事>