第33回 M.C.S.C.ラリー ハイランド マスターズ

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Photo by 大嶋

WRCへの道

全日本選手権に出ます!

ベストカーの10日売り号で勝股兄が書いてしまったから、隠してても仕方ありません。10月23日に岐阜県と長野県で開催される全日本ラリー選手権の『ハイランドマスターズ』に出ることになった。『WRCへの道』再チャレンジのスタートである。というか、ラリージャパンに出たら、来年から全日本ラリー選手権に出たいと思っていたのだ。車両はラリージャパン用に作ったインプレッサ。ハイランドマスターズ用のタイヤはダンロップが提供してくれることになった。嬉しいことです。勝股兄によれば「国際格式のイベントに2回以上出ていれば来年のラリージャパンは大丈夫じゃないの?」というので、来年どうしようか計画を練ってます。年齢を考えれば最後のチャンス。オジサンを代表して頑張りたい。

ハイランドマスターズの前にお礼

いよいよ今週の土曜日はハイランドマスターズであります。一昨日、最後のチェックでボンネットを開けると競技用のバッテリーになっていた。小型軽量タイプながら当然高価。STIにクルマを引き取りに行く際「バッテリーが上がっていたので交換しておきましたからね~」。何だか魂に響いてしまいました。キャロッセでも作業してもらった後、工場長に料金を聞くと「この車を作ったときの予算で間に合いますよ。炭山の仕事で高いお金なんて取れません」。そんなことない。とっても丁寧にやってくれました。

ハイランドマスターズだ!

全日本ラリー選手権出場へ!

今年、ラリージャパンに出場したら、2005年シーズンから全日本ラリー選手権に出ようと思っていた。ラリーというモータースポーツを長く楽しみたいからである。こう書くと「順序が逆でしょ!」と言われるかもしれない。その通りだ。しかし! 年齢を考えると、悠長なことは言っていられぬ。というか40歳を過ぎたらトップクラスのドライバーが引退してくのを見れば解るとおりつるべ落としで「速く走る能力」はダウンしていく。全日本ラリー選手権には綾部さんや西尾さんという大ベテランも存在するけれど、こういった人達は若い頃から継続して速い。私のような立場だと時間との競争である。とにかくレベルの高いところに出て、追いつくべく頑張るしかありません。しかし「実績を認めず」ということで出走出来ず。

もはやこれまでか?

諦めかけたけれど、こままじゃ負け犬でしょう。加えて嬉しいことにラリージャパン用として作ったインプレッサを良い条件でレンタルしてくれると言う。エントリーを蹴られたことで元気も出た。何よりクサクサしたって仕方無いし。これまた修行だと受け入れ、ラリージャパンの主催者である田畑氏に「まぁそのくらいの実績があればよかろう」と来年のラリージャパン(大好評だったこともあり、どうやら今後5年間開催が決まったらしい。ラリーファンとしちゃ大いにめでたい!)のエントリーを受けて貰えるよう、頑張ることにしました。逆に考えれば蹴られて良かったかもしれません。そういたった点からすれば感謝しなくちゃならない。

じゃ具体的にどうするか?

いろいろ考えた結果、全日本ラリー選手権の最終戦『ハイランドマスターズ』は間に合うことが判明。それじゃここから出よう、ということに相成った。早速エントリー書類を取り寄せ、チーム体制を組む。といってもマネージャーに山崎君。チームのまとめやるの、番頭の宮本君しかおるまい。コ・ドラはラリージャパンの時にお願いした菅野君です。全日本に慣れている菅野君に必要なサービス体制を聞くと「全日本なら4人くらいで大丈夫」とのこと。宮本君と弟子2号の南君、自動車部のムスコ。そして自動車部の先輩の大谷君で4人。いずれにしろ全日本はサービスの時間が2回しかない。大きなトラブルあれば終了です。

車両は基本的にそのままでOK。ただ全日本選手権はイベントごとに特別規則が定められており、排気系を完全ノーマルに戻し、3点式のシートベルトを装着しなければならない。ちなみに私の乗るインプレッサ、グループN規格のロールバーと安全装備(シートやベルト、消火器など)を入れ、カヤバの足回り、フェードしにくいスポーツパッドを組んだのみ。車体の補強も行っていないという、ほぼノーマルの状態。リストリクター付きなので、おそらく市販ガソリンだと240馬力くらいだと思う。

ハイランドマスターズ・レッキ

レッキが始まる!

レッキは10月22日。朝8時から受付開始ということで、菅野君と前泊する。本番車のランニングインを兼ね、自走。というか自走しか考えておらず。インプレッサの面白さは、競技に出られる状態で実用に耐える点にあると思っているからだ。ちなみにレッキ用のタイヤは「5分山以下のラリータイヤか普通のタイヤ」というレギュレーション。5分山以下のラリータイヤを持っていなかったため、ダンロップのロード用『ディレッツァ』を履くことにした。結果からすれば大満足でした。標準タイヤだとけっこうワンダリング(タイヤを左右に取られる症状)してたのに、ディレッツァに交換したらビシッと直進するようになりました。インプレッサにゃおすすめのタイヤです。何のストレスもなく中央道で松本まで。そこから安房峠を越え、レッキ担当の『てづな石油』が予約してくれた丹生川村の『四反田』という宿へ。なんだか由緒ありそうな宿で、ラリーの時じゃなくても泊まりたい感じ。

8時に『てづな石油』で受け付け。いよいよレッキだ!

指定された時間とコースを回るのだけれど、もはや国沢光宏は驚いてしまっている。道、凄く悪いじゃないの! 台風が過ぎた直後言うこともあって、WRCだとリタイヤの原因になるようなアタマを一回り小さくしたくらいの石(岩か?)ご~ろごろ。アクロポリスかキプロスか、という感じ。普通に走っていてもお腹をゴリゴリ擦ってしまう。クルマに悪いよこりゃ。岩盤が出ている場所もあったりして。グラベルは何度も走っているものの、お腹を擦るような場所だと抑える乗り方しかしていない。だってテスト車両を壊したらシャレにならんでしょう。でもラリーだと抑えて走ったら勝負にならぬ。けれど今回の参戦、完走しなくちゃならぬ。この時点で「大丈夫か?」と不安になってしまう。道が悪いだけでなく、昼間のSSより夜のSSの方が多いのだ。グラベルの林道を夜全開で走ったことなんか一度もないし。

もっとシビれることが起きちゃいました。

レッキって公式通知にある制限速度を守らなければいけないのだけれど、それでもバースト。おそらく剥き出しになった岩盤のエッジで切ってしまったのだろう。レッキでタイヤ交換するハメに。でも大変なことばかりじゃない。本番に備えてペースノート作りをしていると、普段なら全く気にしないコース状況やライン取りを考えたり、他のラリードライバーと待ち時間に話しをしたりと楽しい。ラリードライバー同士って仲いいけれど、レッキや本番で出走待ちをしている時に和めるからだと思う。今回もアルペンラリーで出走順が近かった中島君や、ランエボの足回りの開発を担当している人などとラリー談義など。レッキの夜、リストリクターの事前チェックを行うのだけれど、この時のオフィシャルの方はアルペンラリーで私の前に走っていた。ラリーって本当に楽しい! 深夜、四反田にサービスチームも到着。さぁラリーだ!

ハイランドマスターズ本番

いよいよラリーである!

パルクフェルメからスタートに向かうべくエンジンを掛けようとしたら……。おいおい! ウンともスンとも言わないじゃないの! ホーンボタン押すと音出ず。こらカンペキなバッテリー上がりだ。どうやら付けて置いたキーのポジションに問題合ったらしい。菅野君に押して貰うも掛からず。メキシコラリーのソルベルグ選手の如くリタイヤか? いや、私の場合スタートしてませんから。オフィシャルに伝え、ジャンピングコード繋いで無事スタート。やれやれ、であります。

そんなこんなで迎えたSS1!

ここでコースアウトしたらオタンコでしょう。慎重に走ろうと決め、ブレーキングポイント早めにしてのグリップ走行作戦。菅野コ・ドラ、機嫌悪し。続くSS2は、デカい石ご~ろごろ。レッキでバーストしたくらい。これまたグリップ走行に徹す。最近のWRC、主流はグリップ走行です。無事走ったものの、やっぱり菅野コ・ドラの機嫌悪い。SS1の再走であるSS3も同じペースで走り、サービスに戻る。ラリーの場合、SSを走っているときはタイムが解らないのだ。

1回目のサービスでリザルト見たら、遅いの何の! いや「話しになってない」状態。こんなペースで走っていたら、何で全日本に出てるか解らない。SS1とSS3のギャラリーステージで見てた人、えらすんません! ただここでヘコたれるヒョウロンカじゃありません。ハイランドマスターのSS総距離は60km。WRCならレグ1の午前中の距離なのだ。慌てることもない。SS4から少しづつペースアップしよう。ただSS4から夜の林道。荒れた道を走るのが初めてなら、夜も初めてです。

菅野コ・ドラに聞くと「とにかく横向けてコーナーに飛び込んでアクセル全開です!」。じゃ少しづつペースアップしましょう! SS4からテール流してコーナーに飛び込むよう意識する。とは言え子供のアタマくらいの石があると、やっぱり壊しそう。とりあえず比較的路面状況の良いコーナーから攻め始めてみたら、あらら? けっこう面白かったりして。車幅1、5車線のウチ、クルマが通れる幅はさらに狭い。そこに横向けて飛び込んでいく楽しさと来たら、他のモータースポーツにゃ無いと思う。

ただ困ったことに初めて作ったグラベルのペースノートがイマイチ。ターマックなら割と正確にコーナーを評価できたのだけれど、グラベルは若干イメージが違う。『2』の評価したのに『3』だったり、『4』だと思ってたら『3』だったり。危ないぞおい! さらに夜なのでコーナーの先も見えません。これだけ”初めて”と”悪条件”が重なると、やはりフルアタックなど不可能。何度も書く通り、今回は実績作り。コースアウトしたら何の意味もない。それにWRCならレグ1の午前中の距離。1歩づつ行きましょう!

SS1は「お話しにならない」タイムだったけれど、最終SSで何とか全日本勢の背中が見えるタイムになりました。少し菅野コ・ドラも機嫌良くなったし。しかもクルマは無傷。乗って帰りましたから。次のラリーがどこになるか現時点じゃ決まってないけれど、1戦毎に速くなっていきたいと思う。もちろん目指すはWRC! ギャラリーに「運転代われ!」と言われないような走りをしますからご期待を! 2005年の参戦カレンダーは、もう少ししたら発表できると思います。

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お昼前に表彰式が終了。帰路に付く。今回25年前からの夢が1つかないました。この仕事を始めた頃、徳大寺さんから「昔は家から乗っていき、しっかりした格式のあるモータースポーツイベントに参加し、乗って帰ってこられたクルマがあった。そして普段はスポーツカーとして乗る。だから後輪駆動時代のフェラーリとかポルシェがクルマ好きの間で高く評価されたんだよ」。これを聞いたとき「そんなクルマに乗れたらどんなのに楽しいことだろう!」。以来、私にとって”スポーツカー”の理想像だったのだ。帰り道の中央道を走りながら、少しづつ実感湧いてきました。ここ数日抱いてきた楽しさの理由は、ここにあったのね! ホントにめちゃくちゃ楽しいです! なにしろノーマル車両にロールバーを組み、市販のダンパーとアンダーガード、LSDを入れただけ。ボディの補強さえしておらず、内張もそのまま。車両重量計ったらノーマルより30kgも重い1450kgあったほど。なのにウデさえあれば、全日本クラスで中位に入れる速さを持つ。それでいて2時間にわたる事故渋滞を含め、高山から6時間掛かって自走してきても何らストレス無し。ラリードライバーとしての国沢光宏はシオシオのパーなれど、クルマ好きの国沢光宏の気分は雲一つ無い晴天であります。ラリーという競技にもクルマにも敬意の念で一杯です。


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