ホンダの大失敗作であり、社長と社員の大論争をもたらし空冷を断念させたRA302を見てきました!

10年振りくらいにホンダのコレクションホールに行ったら、楽しくて倒れそうになった! 一番の「なるほど!」が空冷エンジンの大失敗作RA302。ホンダにとっては忘れてしまいたい過去であり、実際、コレクションホール立ち上げのため第一期のF1を次々とレストアしていったが、当初RA302はリストアップされていなかった。その後「やはり歴史の一部」と判断されたらしい。

巨大なオイルクーラーむき出し

ということで私も初めてジックリ見た。まず驚くのが右側の巨大なオイルクーラー。空気だけでは冷却が間に合わなかった。結果、オイルを大量に使いオイルクーラーで冷やすという手段を取るのだけれど、こらもう”油冷”です。しかもオイルラインがボディ外周にある。クラッシュしたら水と違い可燃性の高温な液体が出てくる。加えてシャシは積極的に燃えるマグネシウム製。

ボディ前面に4つダクトを付けたが気休め程度だった

チーム監督だった中村さん(第二次世界大戦機の開発に携わった)がダメ出ししたの、よ~く解った! 久米さんがエンジン屋さんだった時、宗一郎さんと水冷か空冷かでやりあったのもよ~く理解出来た。というか社長にたてつくホンダのDNAってこの時に出来たんだな、と思った次第。若いホンダファンはRA302について調べるとホンダ好きの深さが増すと思う。

箸休め。ホンダジェットの機内は常時開放中

もう一つの「これは素晴らしい!」という展示が、1954年のホンダとアグスタの比較。同じ125ccながらホンダは6馬力のOHV+2速。アグスタ16馬力のDOHC+4速。最高速115km/hと145km/h。これだけで勝負になってないのに、フロントブレーキは全く大きさ違う。フロントサスはガーターフォークとテレスコピック。リアサスがリジットに対しコイル+ダンパー、

最初のホンダを見た欧州勢がナメたことは容易に想像出来ます

それが1959年には15.3馬力DOHC2気筒の『RC141』と発展し、1961年にホンダ世界GP初優勝を飾る『RC142』(23馬力/最高速180km/h以上)まで昇華する。ここから世界の2輪シェアの半分を持つホンダの歴史が始まった。「競う」ことを大切さを実感します。自動車のブランドを高めようとするなら、やはり競うこと。直近だと中国勢と競うべきか?

「現在」で迷うことがあれば、過去を振り返ると案外スッキリしたりする。コレクションホール、夏休みにでもぜひ!

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1 Responses to “ホンダの大失敗作であり、社長と社員の大論争をもたらし空冷を断念させたRA302を見てきました!”

  1. アミーゴ5号リリボーン より:

    ホンダコレクションには、毎年行っています。年1回、ビートのイベントがモテギ内で開催されており!毎年200台近く集まるんですヨ。

    すっかす今回の記事を読んで、
    F1もバイクも、自分のトンデモナイ浅はかさに笑っちゃいましたヨ。

    と同時に、目からウロコが何枚も落ちました。空冷どころかパイプ剥き出しの油冷とは、トンデモナイ欠陥マシンだったのですね。中村さんと久米さんの忸怩たる思いが、実感できました。

    来年は、ビート生誕35周年デス。
    あらためてイベントに参加するとともに、コレクションホールを観てきたいと思います。

    ちなみに自分がホールで一番好きなのは、一階にある本田宗一郎さんと藤沢武夫さんの肉声ビデオコーナーです。毎年必ず閲覧して、心を洗濯しております。。。

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