永田のGRMN86試乗記。今まで見た中で最も適切な評価かと
86GRMNというクルマの存在は当サイトを見ていただいているクルマ通の皆さんであれば、「もう新車は買えない600万円超えの100台限定のスペシャル86」というくらいの認識はあるかと思います。最近幸運にもこの貴重な86に1日たっぷり乗る機会がありましたので、ちょうど1年前に中古で買った前期型86(有名なボルトの肉厚アップでボディ剛性が向上したC型のGT)に乗る永田が、前期型86との違いなども細々と交えながらレポートします。
まず86GRMNの概要です。その前にちょっと頭に入れておきたいのがトヨタのモータースポーツやスポーツ車両を手掛ける部門であるガズーレーシングが作るコンプリートカーは、カタログモデルで主にボディ補強やサスペンションの変更といった比較的ライトなチューニングが施されるG’sと、限定車でエンジン、トランスミッションといったパワートレーンまで手が加えられるGRMNがあります。
86GRMNのコンセプトはスバリ「ガズーレーシングが走らせているニュル24時間レースのレーシングカーのロードカーバージョン」です。こういったクルマには速さだけでなく、あの厳しいコースを24時間も走る訳ですから、扱いやすさやドライバーの疲労を軽減するという意味での快適性も必要不可欠となります。
そのための具体的なチューニング内容は‥‥
●ボディ
・補強バーの追加などによるボディ剛性向上
・カーボン製ボンネット、ルーフ、トランクリッドの採用による低重心化
・リアクォーター、バックウィンドウのポリカーボネート(樹脂)化
※バックウィンドウは樹脂製ウィンドウとしては世界初の熱線入り
●足回り、ブレーキ
・専用ダンパー(KYB製、車高と減衰力の調整機構付き。減衰調整機能付きの車高調だったことは、原稿を書くため諸元を見ている時に初めて気づきました
・タイヤの銘柄は専用のBSポテンザRE71Rで、サイズもフロント215/40R17、リア235/40R17に変更
・フロント6ポッド、リア4ポッドキャリパー+ドリルド大型ローター(キャリパーとローターはトヨタ系のアドヴィックス製)
●エンジン関係
・可変インテークマニホールド、可変バルブ付きセンターマフラーの採用といった吸排気系のチューニング
・軽量ピストンなどの採用
※組み立てはTRDによる手組み、スペックは前期の200馬力&20.9kgmから219馬力&22.1kgmに向上
●駆動系
・6速MTの1、2、3速をクロスレシオ化
・ファイナルを前期トルセンLSD付の4.1から4.3にローギヤード化(4.3ファイナルは後期のMTにも採用)
・トルセンLSDの強化
・軽量、高剛性ドライブシャフトの採用
などとなっています。かなり省略して書いても凄い内容で、変更される部分だけ書いていてもノーマルの86が約300万円するのを考えれば648万円は案外安く感じます。
さらに生産方法はノーマルの86&BRZがスバルの工場で生産されるところ、86GRMNはスバルからホワイトボディ、TRDからエンジンといった具合でパーツがトヨタの元町工場に集まり、トヨタのパールホワイトに塗装され、1日2台が手作業で組み立てられていたという手の込みよう。生産方法も含めると余計に648万円が安く思えてしまいます。
GRMN86、残念ながらというか当然即完売で(100台に対し3000人の購入希望があったそうです)、新車は買えません。しかし、いいことなのか悪いことなのか、中古車市場を見るとそれほど不当にも思えないプレミアムが着いて僅かに流通しており、今からでも買えないことはありません。
今後増えることがない貴重なクルマだけに若干の緊張感を持ちながら専用レカロ製シートに座ると、高さ調整機能のないGRMN86のシートの高さはノーマル86の純正シートの一番低い位置よりも少し高いことに気づきます。これはレカロシートが厚みがあるせいなのか、あるいは型式があるクルマなのでシートの高さは法規でアルトワークスのようにベース車の調整範囲の中間にセットせざるを得ないためでしょうか。おかげでノーマル86でもよく見えるフェンダーの峰が、GRMNは黒いカーボンネットも含めさらによく見えます。
前期純正と同じ形状ながら、僅かに小径となったアルカンターラ表皮のステアリングを握ると、前期純正に対し脇が閉まる感じで、このコンセプトが後期の純正ステアリングにフィードバックされていることがよく分かります。またステアリングは前期純正よりも若干細く、これはドライバーの疲労軽減のためのニュル24時間レースからのフィードバックかもしれません。
ちなみに86GRMNはインテリアで目に入りやすいオートエアコンのパネルやプッシュボタンスタートから装備内容は上級グレードのGT系に準じているのかと思いきや、ドアトリムやシフト周りのパネル、エアコンの吹き出し口、膝のパッドが付かない点は標準グレードのGに準じており、これはこれで競技車両的なスパルタンな雰囲気と言えると思います。個人的にはどうせ600万円超えで極端な話「欲しい人はいくらでも買う」という性格のクルマなのですから、ラリーカーが映り込みを防ぐためにダッシュボードにスウェードを貼るような演出があっても良かったと思います。
インテリアの話が長くなりましたが、”GR”のロゴが入った赤いボタンを押すと「バラババン」といういかにも排気系に手を入れた小排気量NAエンジンらしい音を奏でながらエンジンが掛かります。音量はエンジンが温まっていれば、それほど大きくなく周りの迷惑になることはありません。
GRMN86をスタートさせるべくクラッチを踏むと、クラッチの踏力は私の86の1.5倍くらいの重さに感じます。1.5倍と書くと凄く重いように聞こえるかもしれませんが、前期の86のクラッチは幅広いユーザー層を想定していたせいもあるのか非常に軽いので、86GRMNのクラッチの方がむしろちょうどいい重さに感じる人も多いかと思います(86GRMNに乗った後自分の86に乗ると、クラッチが軽すぎてしばらくリズムが戻りませんでした)。
1速に入れてクラッチをつなぐと、本当の1発目は「発進の際の力は前期よりない?」と感じますが、これは1速のギア比が86GRMNはノーマルよりハイギヤードになっているためでしょう。
もちろん走り出せばそんなことは気にならず、エンジンチューンによりトルク感は全域で前期の15%増しといった印象で、街乗りもノーマルよりも楽です。エンジン音は常用域のエンジン音は意外にもノーマル86にはサウンドクリエーターという吸気音を車内に乗り込む機構が付いているので普通に乗っていても「ガオー」とか「グオー」といった音が聞こえるのに対し、GRMNは吸気系にそういったギミックがなく目立つ音は2500回転あたりの「シューン」という素の吸気音くらいなので、ノーマルの方が面白いと言えば面白いです(サウンドクリエーターに対しては「疑似的」とか「子供っぽい」といった意見もあると思いますが)。
86GRMNのエンジンが本性を現すのは4000回転からです。4000回転を境に可変吸気インテークマニホールドが長い低速回転用から短い高速回転用に切り替わり、4000回転を超えると「クォーン!」という可変吸気インテークマニホールドの切り替わる音が聞こえ、その先は前期とは比較にならないトルク感とオーテックA30でも感じた手組みエンジンらしい軽く回る感じを伴いながら、前期が7000回転あたりから苦しさのようなものを感じるのに対し86GRMNは前期と同じ7400回転のレッドゾーンまで淀みなくシッカリと気持ちよく回ります。
また「クォーン!」はギアを落として走れば、常識的なスピードでも楽しめるのも非常に嬉しいところです。
ハンドリングの向上も首都高速やワインディングロードを普通に走って実感できます。具体的には印象的だったのは2つです。1つ目はタイヤだけでなくボディ、サスペンション、空力といったトータルチューニングによる前期ノーマルとは比較にならないくらいのクルマと一体になったような安心感がある点で、パフォーマンスの高さを余裕とかゆとりのように楽しめます。
2つ目はステアリングの正確性です。86GRMNも特にシャープではないのはノーマル前期と同じですが、86GRMNは僅かなステアリング操作にもクルマのレスポンスとステアリングへのフィードバックがビンビン感じられ、比べると「前期ノーマル86が悪い訳ではないけど、ステアリングフィールが大雑把」と言わざるを得ません。
ノーマルとは比較にならないほど踏力が必要なブレーキも、絶対的な効きはもちろん、細かな調整にもよく反応してくれ非常にコントロール幅が広く、普通にブレーキを踏んでいてもブレーキ操作を楽しめます。まあこれは裏を返せばいい加減なブレーキをすると反応してくれだけに、クルマがギッタンギッタンと動いてしまうということでもありますが。
とにかく余裕あるシャーシやブレーキのキャパシティや正確なインフォメーションは、特にそれなりにスピードが出るサーキットで大きな武器になるに違いありません。
ちょっと残念だったのが乗り心地です。86GRMNは太いダンパーを使っているのかいい意味での重みやガッシリとした感じはあるのですが、うねった路面を通過した時のリアの落ち着きというか収まりが「もう少し良くなれば」と感じました(今思うと、概要のところで書いた減衰力の調整を使えば変わったのかもしれませんが)。乗り心地に関しては喜多見さんに「荷重移動を感じやすい練習用」という味付けでネオチューンしていただいた私の86の勝ちでした。
それはともかくとして、86GRMNは全体的に「普通に乗っていても楽しい」という86の魅力を底上げしたメチャクチャに完成度の高いクルマで、このクルマが与えてくれる楽しさを考えれば648万円は全然高くないと断言できますし、このクルマを買えた人はとても幸せだと思います。
私は86GRMNに乗って時間が経つに連れてドンドン印象が良くなり、「次乗れることは多分ない」というのもありましたが、クルマとの対話に集中すべくいつもBGMにしているAMラジオもほとんど聞かずに1日で300㎞も走っていました。また86オーナーとしてはGRMN86で行ったことが随所で後期型の86にフィードバックされている点も、こういったクルマを作った成果の1つとして嬉しく思いました。
なお1日走った燃費は12.5㎞/ℓと、同じように私の86で走った場合の0.5から1㎞/ℓ落ちといったところで、86GRMNが先代プリウスのミシュランのエコタイヤではなく、「クォーン!」を聞くために無駄なシフトダウンを繰り返していたのを考えれば文句ありません。
若干話はそれますが、私個人はサイズ、動力性能など過剰なクルマを好まないこともあり、そんなお金もないくせに「クルマは総額700万円くらいが上限」と考えているのですが、86GRMNに乗って、車両価格600万円台のクルマを考えるとスポーツ系だけでもケイマンやボクスター、BMWのM240i、エリーゼ、アバルト695ビボストなどが浮かびます。この種のクルマは完全な嗜好品ですから、このようなクルマの中でも86GRMNは志向や好みで勝負できるクルマに仕上がっているのは凄いことです。
同時に86GRMNに乗って、ノーマル車高なら気遣いなく乗れて、次元は別としてドリフト遊びもしやすくて、トランクスルーすればタイヤも4本詰めて、タイヤ代も負担にならなくて十分楽しいという、自分の86の良さを再認識したのも意外な発見でした。
また登場から4年が過ぎ、頂点となる86GRMN、完成度を高めた後期、中古車の値段が下がれば魅力を増しそうな前期、さらには86GRMNの量産仕様が出るという噂もあり(これが86G’s?)、市販車だけでもこれだけ86ワールドが広がっているのに加え、86が登場時に閉塞感があった日本の自動車業界を盛り上げる大きな起爆剤となったことには改めて深く敬意を表したいところです。
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