うなぎは美味しい
本当ならとっくに止めるべきうなぎ屋修行なのだけれど、2つの点で後ろ髪を引かれています。1つは「懐かしい場所だから」。子供の頃からうなぎ屋で育ったのであります。今原稿書いてる奥の間は夕食場所であり、雨の日の遊び場所。中学生からはジイサンが亡くなったため用心棒として2階に住んでました。
今のお店は昭和32年に宮大工さんが建てた。クギ使っておらず
ニンゲン誰しも子供の頃の思ひ出を失いないたくないもの。2つ目は店で出しているうなぎ。ムカシと同じく、活きているうなぎを(アオと呼ばれる上物です)この道45年という超ベテランの板前さんが料理し、イマドキ高価な炭で焼いている。そいつを儲からない価格で売っているのだからシビれる。
最高級の天然には届かないけど、そこらの天然モノより美味しい
というか住宅地なので値上げしたら売れなくなるから泣く泣くリーズナブルにしているだけ。会社の領収書のお客さんが多い地域なら1,5倍でも安いくらいです。自分で言うのもなんだけど、安くて美味しいと思う。というか、ネダンを考えればブッチギリで美味しいかと。だからお客様に喜んでいただけます。
冬のうなぎは脂がのって身も厚い
美味しい、と言われると「何とかジイサンの気持ちを引き継ぎたいな」と考えてしまう。ちなみにジイサンは初めてうなぎを食べた時「世の中にこんなウマいモノがあったのか!」と感動したと言ってました。ウマいうなぎ、本当に少なくなった。江戸の文化というか日本の食文化を残したい、という気持ちも大。
炭が高い!
まぁダマされたと思ってウチのうなぎを食べて欲しいです。最近、いろんな店でうなぎを食べているが、「負けたな!」と思ううなぎ屋はない(いい勝負ですね、はある)。江戸時代と同じ味だと思う。もしかすると長くないかもしれないので早めにおねがいします。叔母が2人部屋に移ってくれたら続けられるのに‥‥。
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先日、中野中央で仕事がありお昼過ぎに終わったのでちょこっとうなぎ屋さんのほうを覗きに行こうと思ってナビを頼りに向かったのですが、細い線路沿いの道を不安を抱きながら進んでいくと駅の少し手前で路地の右側にお店があるのかなと思いながら車が止められなかったのでそのまま進んでいくと駅前の横断歩道があり渡っている人がいるので止まっていたのですが待っても待っても人が途切れないので歩行者に申し訳ないと思いながらゆっくり進んでいって道を譲ってもらい近くに駐車場を探しながら走っていたのですが、いい駐車場が見つけられなくてあきらめて帰路についてしまいました。
ほんとに残念でした。
また機会があれば今度こそお邪魔しておいしいうなぎをご馳走になりたいと思います。
合点承知の助!で買いにすっ飛んで行ったうなぎ弁当。
いや〜、ホントうんまかったです!
「うなぎなんか別に好きでもないし・・・」なんて言ってた中学生の次男坊も、
「美味い!」ってニコニコしながら食べてました。
美味しいうなぎ、ありがとうございました。
家族を連れて食べに行こうと思ってましたが、
なかなか全員の都合がつかずにいたので弁当にしましたが、大満足でした。
昼飯を連日牛どんにして貯めた軍資金の使い甲斐があって嬉しかったです!
確かに旨そうなうなぎです。
この大きさで2200円はいいですね。
中野とか、自分の行動経路から外れていなかったら行ってみたいところなのだけれど。
千葉⇔神奈川間の経路にかすっていないのが痛い。
それにしても最近のうなぎはハズレを引くと酷い。
店でパック売りしているのは以前は安かろうイマイチだろうぐらいだったのが、
最近ではとてもうなぎとは言えないような代物に当たってしまう事も多く、パック物に手を出せなくなってきてしまいました。
今のところ20年前に名古屋で食べた一切れの劇ウマのうなぎを超えるものに出会っていません。
(魚の料理屋でした)
ところでうなぎって冬がいいんですか?
25歳ですが、国沢さんのうなぎ屋さんに関する日記を読むと、人生はいろいろなことがあるなといつも感じます。
がんばっている人が報われる社会であってほしいと強く思います。
うなぎ屋さんが、国沢さんの負担が減ったうえで続くように願っております。頑張ってください!
ウマイうなぎにありつこうと、日曜のお昼時に行ってみました。
「今、中はいっぱいだから。」と、職人らしきオヤジさんに断られました。
「すみませんね」の一言もなく、バイト風の男の子も愛想なしでした。
たいへん失礼ながら、立地の良さに救われているという印象を受けました。
一度で短時間しかお会いしていないのですが、
国沢様の伯母さまと話が合う方がいればと思います
(病室を移ってくれそう)。
大変しっかりされた国沢様の伯母さまですから、
お話を来てもらえる人が合いそうな気がします。