釣れない
残る原稿締め切りは基本的に来年まででOK。気温低いものの風が無い。となれば今年ほとんど行けなかった釣りでございます。この時期”ほとんど釣れない”カレイくらいしか対象ないですけど。14時が満潮なので、ジャリメ買って13時30分にフネ出し、船橋というか幕張というか、江戸川放水路沖へ。
すでにシーズン真っ盛りに突入しているらしく、下を見て20パイくらい集まってきてる。アンカー打ち、仕掛けを3本投入。10分くらいすると近所のフネで釣れたらしい。静かな釣りなので歓声が聞こえます。風無く波も無く人生を反省するにゃちょうどよい。船内の片付けなども行う。
当然のことながら釣れない。いや、釣れたら釣れたで幸運を使っちゃう気がします。むしろ釣れない方が幸運を貯められる感じ。周囲のフネはボチボチとヒットする中、私のサオ3本はピクリともせず。そればかりか付けたジャリメが30分経ってもそのまんまの状態。サカナいないっす!
ということで本日も幸運を貯められました。一般的には「釣れなかった」といいますが‥‥。釣りに代表される好きなことをしてると、社会情勢など気にならなくなる。これは良いことなのか、それとも悪いことなのか判断しづらい。沖縄も尖閣も東京に住んでいる限り全く関係ないことですから。
政府は一段と強硬になり「辺野古移転の工事をジャマしたら一発で逮捕する!」と言い始めた。マラッカ海峡のシーレーン警備で、集団的自衛権を行使し実弾を使った反撃も出来るという憲法解釈になるようだ。こういった状況、東京湾奥のカレイ釣りと全く関係ない、と考えることも出来る。
しかし! 社会は全て繋がってるのだった。突然「東京湾内で漁民以外は釣り禁止!」と言われる可能性だってある。というか、社会問題って根っこはそういったこと。理不尽な状況に遭っている人達の状況、国民全体で受け止めるべきだと思います。そんな当たり前のことをフネの上で考えます。
<おすすめ記事>