イラン騒乱、終わりが見えてきたという流れになっているけれど自動車業界は楽観してない。プランBやCも

イラン騒乱、どうやらトランプさんが一方的に勝利宣言して終わりという雰囲気になってきたけれど、自動車業界は楽観していない。いろんな国や地域で様々な宗教の”情報量多いアッパーミドルクラスの顧客”を相手にしているため世界の動きが見える。心配されるのは、イランのポテンシャルである。そう簡単にペルシャ民族が降伏するとは思えない。

多くの人はアラブ(イラン以外の中東諸国)とペルシャ(イラン)を同一視するけれど、歴史を見ると騒乱の繰り返しです。それでも未だアラブに巻き込まれず存続している。強いのだ。今回のイラン騒乱、怖いのはドローン。戦争の歴史を振り返ると、様々な武器が発達した。そいつを駆使したモノが勝つ。第一世界大戦では武器と兵士を運べる船舶だ。戦艦まで登場する。

第2次世界大戦では航空機の技術が進む。そしてロシアのウクライナ進行で急激な進化を遂げているのがドローンである。300万円くらいらしいイランのドローンを落とすのに、パトリオットのような1発6億円とも言われる高いミサイルを使う。イランのドローン所持数、10万機とも言われている。アメリカの攻撃で減少しているだろうけれど、1万機だって怖い。

テロのような攻撃方法だとドローンが威力を発揮する。ホルムズ海峡を閉鎖しようとすれば、強引に通過しようとする船舶をドローンで叩けばいい。アメリカが地上戦を仕掛けてきたらドローンで対抗すればいい。血気盛んなペルシャ人は本来の教えと違う「殉教」という天国への道を躊躇わず選ぶことだろう。つまり自動車業界は「早く終わらない可能性」も考えている。

長期化して原油がホルムズ海峡を越えられなければ(少量はパイプラインで紅海まで届く)、世界規模でのオイルショックになる。53年前の1973年から始まったオイルショックを覚えている人はもはや少ない。物価はあっという間に20%高騰。ネオンサインが消え、イベントも中止続出。コロナ禍に勝るとも劣らない騒乱だった。そうなることも視野に入れておいたらいい。心の準備を。

もちろんイランがお腹見せて降参するかもしれません。

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4 Responses to “イラン騒乱、終わりが見えてきたという流れになっているけれど自動車業界は楽観してない。プランBやCも”

  1. Carlos037 より:

    昨年は米が投機対象になり、今年はガソリンですか・・・トホホ。
    前の記事でご指摘されてましたが、主食や生活必需品が投機対象になっているのに、「需要が供給を上回れば高騰は当然」こんな原始的な市場原理を語る人が政府の中心にいることが問題ですね。
    円の価値が下がって財務省も4年連続で実質賃金が低下と認めているのにインフレと言わず、物価高と言い張る政治家やマスコミ。
    でやろうとしてることは、中抜きし放題の補助金バラマキですから、イヤハヤ。
    こんなんで第3次オイルショックがきたらどうなっちゃうんでしょうね。

  2. よしこ より:

    中国の武漢市で「原因不明の新型肺炎が流行り、一人が亡くなった」とのニュースが流れた当時、中国に少なくない駐在員を送り込んでいることもあって、職場でほんの一瞬だけ話題になりました。
    直感ながら私はもしかしたら大変なことになるかもしれないと思いましたが、誰にも相手にされませんでした。
    時を経ずして世界規模で大混乱が起こり、(頭の体操でもいいので)最悪の事態を想定しておく必要性を再認識しました。
    あの時、人を小馬鹿にしたような態度で鼻で笑った上司の顔を思い出します。

  3. まどか より:

    話はそれるかもしれませんが、ドローンは怖いです。基地や駐屯地などドローン攻撃される可能性はありますよね。護衛艦もこっそりとドローンで撮影されてましたから。攻撃側は、時と場所を選択できます。先の熊本のミサイルの件にしても地元の方に説明もなし、県知事や市長もニュースで知った?ありえないと思います。基地周辺の治安を守るのは地域住人が作りだす雰囲気だと思っています。自衛隊は好きだけど、防衛省のこのやり方には?です。いかなる地域でも紛争が起こらないことを切に願います!

  4. KUMA より:

    民族的なところを補足すると、イラン政府系とイラン民衆でも隔たりがあり、イラン政府は今年1月には天安門事件びっくりの大量虐殺を行ってます。インターネットを封じてしまったので、あまり公にはなりませんでしたし、日本のマスメディアもほとんど取り扱いませんでした(大泣
    なので、イラン内の反政府系イラン人と、国外のイラン人は圧倒的にアメリカを指示しています。

    さて、なぜ、この地域でイスラム教が生まれ、広まったというと、イスラム教布教以前では、平地で守りづらく、アラブ部族&ペルシャ部族同士が血で血をあらっていた常時戦国時代の世界でした。それを憂いて、戒律と共同体という概念で、荒廃した中東を律したのがイスラム教です。
    本来、イスラム教は信者同士なら仲良くやろう、公正な売買・取引をしようという平和的な宗教です。なので、東南アジアにも自然と広まりました。

    まあ、それでもサダム・フセインのように腐敗や汚職を完全に防げなかったのが実態です。一方、イラク政府の母体となったシーア派は、当初は汚職と腐敗に抗うために革命を起こしました。その後、戦前の日本よろしく、国政運営と宗教をガチガチに結びつけてしまった故に、逆にイスラム教が形骸化してしまっているのが現状です。なので、現状”教義を盾に”民衆をしばり、非合理的・非生産的に欧米や他の中東諸国と対立し、独りよがりの政権体制となったのがイラン政府です。

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