狭くて曲がった先も見えない道を全開で走れるのは、コ・ドライバーが凄いからです

ラリードイツのステージで使われるワイン畑は緩いカーブが連続し、標高もあまり変えずに延びているところが結構あります。そんな感じですので競技速度で走るとなると、かなりの高速になってしまいます。高速だけならあまり問題はないのですが、カーブの先で突然分岐路が現れたりするのがこのワイン畑ステージの厄介なところです。

おまけにこの分岐路、使わない側をロープなどで封鎖してくれていればわかりやすいのですが、実際には使わない側は5メートルくらい行ったところの地べたに通行止めを示す高さ30センチくらいの小さな標識がふたつポツンと置いてあるだけなので、分岐路を見ただけではどちらに行けばいいのかがとても分かり難いのです。 

2015年に初めてドイツのステージを経験した際は、この分かり難さにとても戸惑いました。ワイン畑の分岐は大体Yの字型をしています。そしてそのYの字はArial書体のような開いたカタチではなく、大抵はイヴ・サン・ローランのロゴのYの字のようにVの字部分が狭い角度で出来ています。

ですからYの字の右上から来て左上にいくような場面ではサイドブレーキを使ってターンしないと曲がりきれないところがとても多いのです。 レッキの時の低速ですら曲がれないことがままあります。なぜドイツ人はこのような使いにくい道の構造にしたのでしょう? ドイツのことだから凄い理由があるように思えますが、ワタシには全くワカリマセン‥‥。

理由はとも角そんな構造ですので、Yの字の下から来て左右どちらかに走り抜ける場合には、殆ど減速しないで通過できてしまいます。ユーチューブでオジェの走りを見ていると、この分岐を下から来て全開で走り抜けていきますので、ワタシもどうやったらこれが出来るのかを色々と考えました。

ニンゲンの反射時間は0.2秒程度と聞きますので、時速100キロでステージを走っているときにワタシの指示を聞いてクルマを動かすと、車は12~3メートルくらい進んでしまいます。 今までのラリーのタイミングで、「サン・ローラン風のYの字を全開で右側に行く!」→0.2秒で理解→ん?右? 右ってこっちだよな、の0.2秒→ハンドル操作。

とやっていると、いかに国沢さんが超人でもクルマは既にY字路の真ん中に激突しています。従ってこの超高速Yの字分岐を余裕をもってやっつけられるように、いつもより手前から指示を出してあげる必要があります。そしてそれはワタシの文系頭脳で緻密な計算をしてみると、少なくとも通常の分岐路よりも大体プール一個分くらい手前で指示する必要があるのではないかと思われました。

しかし、「クルマをYの字分岐に激突させないように、そいつが来たらいつもよりプール一個分前で指示を出す」は、お休みの日にうちの座布団に座って考えてると出来そうですが、実際に激しい縦横Gと戦いながら爆音の中でやっていると失敗しそうで心配になってきます。

失敗は激突を意味しますので、失敗はゼッタイに出来ません。どうしたら失敗しないか。そこでまた文系頭のワタシは妙案に辿りつきました。「そうだ、コースのビデオを見て練習しよう」幸い主催者はコースのビデオをイベントの数週間前にホームページにアップしてくれます。これを早回しで見ながらタイミングをはかることにしたのです。

コースを見る。サン・ローラン分岐が見えた!「Yの字右!」遅い! 激突! また見る。サン・ローラン近づく。「Yの字右!」まだ遅い! また見るもう覚えてるのでサン・ローランのプール一個前が何となくわかる。「Yの字右!」ふむ、こんな感じかな。心配なのでもう一回サンロー「Yの字右!」おー、いい感じ。

そんな感じで何度も見ていると、タイミングを体が覚えるようになってきます。それくらいになってくると、段々とサン・ローランをやっつけられる自信が持てるようになるのです。そんなこんなで何度もビデオを見ていると、やがてサン・ローランだけでなくコース全体を大体覚えてしまいます。そうなると、もう早回しビデオでもサン・ローランもジャンプもヘアピンも余裕です。

そこでワタシははたと気づきました。去年のドイツに出た際、レッキが終わった頃に新井大樹くんがサービスに遊びに来てくれました。その時彼は言いました「これからドライバーとビデオを見て練習するんですよね」。早く帰って国沢さんとビールを飲もうと思っていたワタシは「あー、ええ、うん、まー」

とわけのわからない返事をしただけでしたが、彼の言った意味が今年になってようやくわかったのです。超高速でわかりにくいステージを走るためには、そこを自信を持って走れるだけのコースの知識が必要なんだと。レッキ2回だけでクタクタになってるヒマなんかなくて、まるで通勤路を走るがごとき自信をもてるまで、徹底的にコースを体に叩き込むのがプロなんだと。

思い返せばM-Sportのレストランでも、ドライバーはメシもそこそこに真剣な顔でレッキのビデオを見つめているシーンを何度も見ました。もう既に何度も見ているハズのビデオを彼らは真剣に見つめていました。そうやって自信をもってコースを攻められるよう、イメージを頭に叩き込んでいたのでしょう。

それくらいのことをして、やっとユーチューブに出てくるあの走りが出来るのだということがようやく納得できたのです。オジェはおそらく単なる超人ではなく、このように努力と研究を重ねてあのような走りをしているのだろうということも何となくわかりました。だからあんな走りができるんだ、ということがやっと実感できるようになったのです。

逆光バックは私のフィエスタ。分岐がたくさん出てきます

ワタシはドイツでそれをやっただけでしたが、彼らプロはそれを世界中のイベントでやっているのだと思います。サン・ローラン分岐を全開で走り抜けたあとで、ワタシはやっとWRCクルーの凄さの一部を実感できました。こうしてそれを実感出来るのも、この舞台を経験する機会を与えてくれた国沢さんのおかげだと思っています。国沢さん、ありがとうございました。

次はどんな分岐があるのかな。ラリーの世界はとっても深いですね。<文章・木原雅彦>

<おすすめ記事>

コメントは受け付けていません。

このページの先頭へ