篠塚建次郎さん御逝去。一度ゆっくり話を聞きたかった日本の自動車史に残るドライバーです

篠塚建次郎さんが御逝去された。私にとって「緊張せず話の出来る間柄」の三菱自動車のドライバーといえば大先輩世代の木全さんか、同世代の増岡さん。篠塚さんの全盛期は大スターだったので近寄れる存在ではありませんでした。当時は下っ端だったため取材する機会も無し。ただ篠塚さんの話はラリーのコ・ドライバーもやった三菱自動車広報の伊藤さんから常々聞いてました。

写真/篠塚建次郎公式Facebook

嬉しいことに私のことは知っていて頂いているらしく、第一線を勇退した後、イベントなどでお会いすると「やあ!」と「ラリー頑張ってるね~」などと声を掛けて貰ってました。清里のペンションにお邪魔しようと考えてましたが、こちらで一方的作った敷居なんですけれど、なかなかまたぐことはかなわずです。1度でいいからしっくりと話を聞きたかった日本の自動車史の偉人です。

篠塚さんといえばパリダカのイメージだろうけれど、ラリーでも大活躍した。1988年から始まったAPRC=アジパシの初代チャンピオンであり(1989年はロッド・ミレン。1990年がカルロスサインツ)、1991年にはVR-4を駆りWRCのノンタイトル戦ながらコートジボワールで優勝している。ちなみに1991年と言えば篠塚さん43歳。ドライバーとしての全盛期を過ぎていた。

しかも三菱自動車の社員ドライバーということで、結果を残せるラリーを狙ったという。これ、前出の伊藤さんから聞きました。全盛期の30歳前後に競争力のあるクルマでWRC参戦出来ていたら、タイトル掛かったイベントでも大活躍していたと思う。なんせ40歳代でパリダカ勝ちまくりですから! 篠塚さんは欧州の人から初めて認められた日本人ラリードライバーでもある。

篠塚さんと三菱自動車が切り開いた道を、ラリーではTTEの藤本さんが。パリダカでは増岡さんが歩き、藤本さんで広がった道を勝田選手は歩いている。難攻不落と言われる厳しい山も、誰かが登れば続く人が出てくるという。篠塚さんの活躍あってこそ、日本のラリーやラリーレイドは存在感を出せている。謹んで偉大なるドライバーのご冥福をお祈りします。

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2 Responses to “篠塚建次郎さん御逝去。一度ゆっくり話を聞きたかった日本の自動車史に残るドライバーです”

  1. sennenhund より:

    去年のラリージャパンで、Safety Delegateのミシェル・ムートンさんと豊田スタジアムSSSを走る、お元気な姿をお見かけしていましたので、びっくりでした。
    でも、MOSCOのX投稿を見るとこの時すでに闘病中だったのですね。
    ご冥福をお祈りいたします。

  2. トヨタ車ユーザー より:

    そんなこんなで、Yahooニュースに三菱がパジェロを復活させることをもくろんでいると出ています。
    タイからの逆輸入、ベースはトライトン。たぶん頼りがいのあるSUVになるんだと思います。
    でも、ローンチは27年ごろ。もうちょっと早くしてほしいかなぁ。

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