辺野古の抗議船転覆事故、国はやっと学校に責任があると言い出しましたね
辺野古の抗議船転覆事故、国はやっと学校に責任があると言い出した。この件、事故直後「事故の全ての責任は学校にある。当たり前の如く安全確認は徹底的に行うべき。フネに乗るのなら、どんな素性(運行者を含む)かチェックするのが普通。学校に判断能力無ければ、それなりの人に頼めばいい。中学校のPTA会長をやっていた経験からすれば、とうてい容認出来る素性じゃ無い」と書いた。
転覆事故が起きた海域は火炎瓶と催涙ガス飛びかった1970年代の学生運動末期の最前線のような状況。海保に何人か知り合いがいるけれど、皆さん経歴中に1人の命を助けられたら報われると思い、日頃の厳しい訓練を行っている。そんな海保の隊員が抗議船に体当たりしているような現場である。学校側が「高校生を乗せた船を出しますのでよろしくお願いします」と言えば海保だって見守ってくれた。
死人に口なしで終了か?
反対運動をやっているのがセミプロに見える皆さんだとすれば、ひたすら抗議船を叩く皆さんもアメリカや巨額工事をしたいゼネコンがやりたいようにすることを手助けすることに喜びを感じているように思う。私なんかXに客観的な状況を書いたらトバッチリを受け炎上しました。あまりに面倒くさいのでXから記事を削除したほど。いずれにしろ普通の高校生が近寄っていい場所じゃ無い。
福島のマイクロバス事故にも言えることながら、学校側の安全判断が酷すぎる。あんな身体状態のドライバーに子供の命を託すなど考えられない。ドライバーを紹介した人にも大きな責任があると思う。福島の事故の件で高校生や中学生の行動範囲は確実に狭くなることだろう。残念なことにドチラの事故も有耶無耶になりつつある。様々な可能性を持つ将来を閉ざされた子供のためにも徹底的な検証が必要だ。
<おすすめ記事>



同意しかありません。一部の大人が三里塚闘争をやりたいのなら やればいい。しかし、そんなところに、生徒を行かせちゃ駄目です。
一言で言えば、「教育現場のリスクアセスメントの崩壊」です。
平和学習の件といい、バス遠征事故といい、学校側の会見を聞くと、どちらも責任逃れをしようと、いや、むしろ、責任を負っている自覚さえ無いようで、腹立たしい。本当に教育現場のリスクアセスメント改革の必用性を感じます。イジメ事件を起こし、ひたすら責任逃れする学校と同じところを感じます。
国沢さんがよく言われるように、交通事故は起こる想定で、車体設計や交通インフラ整備をしないといけない。
校長、教員の方々含めて、正常性バイアスに囚われすぎています。人の生命に関わるほどのリスクを含んでいるのに、気づけず、気づこうとせず、めんどくささ や日々の多忙を言い訳に、リスクアセスメントから逃げ続けた結果がこれです。
過激な教育内容にする、コストカットをする、その因果がどうなるか、きちんとリスクアセスメントできていれば、将来ある2人の人生は失う可能性は限りなく低くなっていたと思います。
イジメは起きる、怪我はする、事故は起こる、その前提で、学校は運営しないといけない。そしたら、何もできなくなるじゃないかと思考停止になる。いやいや、そのためのリスクアセスメントです。
転覆現場は浅瀬で高校生が立つ事も出来たようですが、20人が海に投げ出されて画像のような海保のボートなら5艘以上の相当数出さねば救助は難しいでしょう。ライフジャケットの着用も酷かったようで「沖縄の綺麗な海を見る」として乗せられたのは遊覧船ではなく抗議船。
子供をそんなものに乗せた高校側の責任は重大なのに、未だに校長は辞任もせず事件から逃げているようにしか思えません。