22年振りに日本人選手がMotoGP優勝! 翌週も2位に入りシリーズポイント2位。勝田選手とWタイトルだ
改めて説明するまでもないが、MotoGPは4輪レースでいえばF1に相当する2輪の最高峰カテゴリーである。1000ccのV4からターボに頼ることなく245馬力以上を引き出す。多くのメディアが歴代のMotoGPとF1で何度も0~400m加速を競わせてきたけれど、MotoGPが100%勝ってきた(サーキットのタイムは圧倒的にF1)。もちろんMotoGPで勝つことはF1で勝つことと同じく難しい。
とはいえ2輪は日本の得意分野である。ホンダの世界シェアを見ると、現在進行形で全ての2輪の半分近くを占めている。当然ながら国内の2輪レースのレベルは高く、しかも1993年から連載開始になった『バリバリ伝説』という『サーキットの狼』に勝るとも劣らず2輪人気を沸騰させた超人気漫画の影響により、サーキットは満員御礼。素晴らしいレーサーが数多く育っていく。
そして1996年に阿部典史(ヤマハ)が当時の2輪最高峰クラスのGP500クラスで表彰台の真ん中に立つ! 乗っていたヤマハの戦闘能力低下により勝てなくなってしまうのだけれど、シリーズチャンピオンを獲得出来る実力を持っていたと思う。その後、2002年に宇川徹(ホンダ)。2004年に玉田誠(ホンダ)が表彰台の真ん中に立ったものの、以後、22年に渡り勝てていなかった。
なぜ勝てなかったのかといえば、そもそも日本人の体格でパワフルなMotoGPを振り回すのが難しい(だからこそ250cc級などは多数の表彰台を獲得している)。さらに直近の数年はホンダもヤマハもMotoGPで勝てるような戦闘力のある2輪を作れなくなっている。日本人のライダーを起用するのは日本のメーカーという流れ(F1も同じ)なので、勝てる2輪に乗れなかったワケである。<続きを読む>
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バリ伝は1983年から1991年までデスね
小椋選手の勝ち方はこれまでの日本人とは別次元です。
これまでの日本人は
・レース展開が味方(雨、タイヤ、有力選手の転倒など)
・地の利(地元開催)
など少なからずありましたが、
この前の小椋選手の勝ち方は完全に横綱相撲でしたよ。
この世界での日本人選手は縁がない、と思っていたらマルケスに次いで2着、そして優勝。
驚きました、そして感激。
ジムクラーク以来熱血の4輪党のワタシでしたが、還暦過ぎて2輪免許取ってF700GSというバイクで東北→北海道ツーリングも今年で5回目、更に友人がツクバでデビュー、目の前に後期高齢者の看板ぶら下がってますが払いのけて4輪、2輪楽しんで活きます。
小椋藍選手が初優勝したアッセンGPは、
1949年の世界グランプリ(現MotoGP)創設以来、同一の開催地で毎年欠かさず開催され続けている唯一のレースであり“伝統のダッチTT”とも呼ばれ、F1でのモナコGPに匹敵する伝統を誇るレースです。
小椋藍選手のレーススタイルは他のライダーと全く異なっていて、
抜群のタイヤマネジメントの上手さでデグラデーションを抑え驚異的なペースを維持し続け中盤位からチェッカーまで順位を落とすことなく上げていく。
ライバルにとって当に脅威。
この特異なレーススタイルは、
既にパドックやトップライター達の共通認識となっていて、
MotoGP界の絶対王者マルク・マルケスがチェコGPでの優勝後のインタビューでも、
“終盤に猛追してきた小椋の追い上げが怖かった。最後の6周は今年一番長く感じた”と語っていました。
又、他のライダーがウエイトトレーニングに励んで筋肉を付けていく中、無駄なバルク(筋肉の肥大)を避ける為、ひたすらバイクに乗り続ける事により走るために本当に必要な筋肉のみを鍛えているのが小椋選手のトレーニング哲学。
小椋選手曰く、
「筋肉が多いと多くの酸素を消費してしまい、結果的にタフなレース終盤にスタミナが切れるんです」
確かにレース後も、『あと10周、20周って言われても同じように走れる』と涼しい顔で語るほど、彼のスタミナとタフネスはライバルを圧倒していますね。
トップと14ポイント差の2位。
サマーブレイク明けの後半戦初戦、
イギリスGP(シルバーストン・サーキット)はアプリリアが得意とするサーキット。
一月後が楽しみです。
P.S.
今夜から、2026年MotoGP前半戦一挙放送があります。