ホンダに期待したいこと

新型コロナ後の社会で出てくるのが「ニーズのワイド化」だと思う。もっと解りやすく書くと「手頃な価格で買えるクルマも必要」ということになる。ここまで読んで「軽自動車を買えばいい」とか「中古車なら安く買える」みたいな意見も出てくることだろう。その通りかもしれない。単にクルマを移動の手段として考えるのなら、軽自動車や中古車で問題無し!

おそらく新型コロナで経済状況的に悪化していながら、同時にクルマも必要という人の多くは軽自動車や中古車を買うことだろう。でも中古車であれば自動ブレーキに代表される安全性が新車より劣るし、軽自動車だと4人までしか乗れず自動車好きからすればバリエーションだって足りない。バブル経済が弾けた1990年代はそんな雰囲気だったことを思い出す。

そこに出てきたのが、全く新しいコンセプトで安価なオデッセイや、既存の1BOXと比べたらお話にならないほど快適で安価だったステップワゴン、気軽に乗れる新しいコンセプトを持つSUVのCR-Vといったモデル群です。もっといえば、初代シビックも同じようなコンセプトで高い評価を受けている。初代フィットは軽自動車に対する最高のアンチテーゼ(代案)だと思う。

決して高品質のクルマじゃなかった。オデッセイの場合、そもそもアコードをベースにした大きくてコストの低いクルマだったし、ステップワゴンやCR-Vのエンジンなんか使い回し。でもバブル崩壊でオサイフのヒモがキツくなっていた消費者からすれば、新車で買える魅力的な新しい雰囲気のクルマは大いに魅力だった。翻って今のホンダを見ると、この手のモデル皆無!

むしろトヨタより高機能&高品質を目指し(実際は届いていないが)、高額な値付けをしている。それに対するホンダ経営陣の結論が、いろんなメディアで紹介されている通りホンダは開発部門の『本田技術研究所』を事実上解体。4輪開発部門を本社の中に取り込んむという動き。すでに2輪は開発部門を本社に組み込み済みで、ある程度上手くいってるという判断なんだと思う。

もう少し違う方向から見ると、現在の別組織になっているシステムを変え、クルマ作りの方向性も良い方向にしたということなんだろう。つまり別組織じゃダメだという判断かと。そもそも、なぜ開発部門を別会社(別会計、と言う意味が強い)にしていたのだろう? 昨今の記事を見ると「会社の景気が悪くなっても本田宗一郎さんの開発研究予算を減らさないようにした」となってる。

私が1983年前後にアメリカでホンダのベテラン達から聞いた話は少し違う。当時、日本から取材に来る自動車メディアは少なく、大塚さんを始めとした、本田宗一郎さんの現役時代を語り継ぐ世代の方々が夜な夜ないろんなことを教えてくれました。研究所を分離させた1960年前夜、ホンダは徐々に大きな組織になっており多数の従業員を抱え、アメリカ進出まで果たした。

1950年代は何度も破綻の危機を迎えた。大半は本田宗一郎さんの”会社規模に見合わない投資”だったという。アメリカ進出の歳、経営側(藤沢さんですね)は何とか開発費に制限を付けたかった。そこで考えたのは「今後ホンダも景気悪くなるかもしれない。そんな時も開発予算を確保するため売り上げの2,5%は絶対に出す、という作戦だったと聞いたよ」(ベテランの1人)。

つまり本田宗一郎さんの暴走で会社を潰さないための研究所だったという。さもありなん。研究所の別予算化は突如藤沢さん側が提案し、本田宗一郎さんも納得したという。総合的に考えたら、今や研究所を別組織にしておく意味など無い。ただし! 今の青山(ビジネスベースですね)の上層部を見ていると、夢も希望も無く感じてしまう。クルマ好きが見当たらない。

初代シビックやホンダの窮状を救ったオデッセイ、ステップワゴン、そしてホンダ活性化に決定的な火を付けた初代フィットのようなクルマを出せるだろうか? いや、クルマ好きとしてはぜひともホンダに新しいコンセプトの新型車を期待したい! というかホンダ創業者達によって作り出された「社是」の意味を知らない今の経営陣の入れ替えが必要かもしれません。

参考までに書いておくと、ステップワゴンから始まる「ピープルムーバー」を推進したのは青山。当初、研究所は反対してました。

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