デザインについて書くと「自分の好みで評価するな」と言われるけど全く気にしません

デザインの好みは確かに人によって異なる。私がダメ出ししても「そんなことない。自分の基準で決めるな!」という人など出てきます。私が”悟り”を開いたのは35年ほど前のこと。幼稚園の運動会に行った。同じ世代の保護者達がた~くさん来てます。皆さんお互い惹かれて将来を誓い合い、まぁ5年くらい前に子供を作った。惹かあう基準やキッカケは様々だったろう。

ただ一つだけ言えるのは、お父さんもお母さんも結婚する前は憧れていたタレントや俳優などいたと思う。実際の配偶者はどうか? クルマのデザインも同じ。なるほど好き好きである。したがって皆さんが買ったクルマについてアレコレ言うことは無い。配偶者と同じく納得して相棒にしたんでしょうから。でも自動車評論家は最大公約数で考えなくちゃならないのだった。

すなわち配偶者を決める前に憧れていたタレントや俳優です。どんな容姿でもいいのか? 素晴らしい個性あればそれもありだと思うけれど、やはり売れっ子のタレントや俳優は多くの人から好まれる容姿が求められる。おそらく韓流ドラマの人気俳優など100人いたら95人くらいが「いいね!」するレベルだと思う。自動車のデザインも同じ。多くの人から好まれれば売れる。

ただし! AIが作ったタレントや俳優と同じく、個性ないと面白くない。クルマでいえば似通ったデザインになってしまう。デザイナーの真価は「似ていないデザインで最大公約数を追求すること」にある。個人的に「たいしたもんです!」と思うのが第2次世界大戦機。零戦も隼も疾風も紫電改も空冷エンジンの低翼機ながらシルエットだけで違いが解り、それぞれカッコ良い。

私の好みはツマらないけれど、最大公約数に限りなく近いようだ。よって今後もデザインについて評価していきたいと思う。フェラーリ・ルーチェは皆さんダメらしい(笑)。

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