ホンダ八郷社長、このまんまマイナスの功績だけ残して引退か?

多くのクルマ好きにとってホンダというメーカーは「楽しさ」や「可能性」を見せてくれるという点で一目置く存在だと思う。私にとっては日本の技術が世界に並んだと言うことを実感させてくれた格別思いの大きいメーカーだ。1983年から海外取材を始めたのだけれど、当時の日本って技術的には評価されておらず。海外の自動車関係者と接しても欧米に対する引け目を感じた。

けれど1986年あたりからハッキリ潮目が変わったことを実感出来るようになってきた。ホンダ、F1で勝ち始めたからです。1988年のマクラーレン15勝以後、ホンダ=日本人を世界中の自動車関係者が敬意を払ってくれるようになりましたね。このあたりまで私は海外に出るとナメられないよう虚勢を張っていた。けれどホンダが圧倒的な技術力を見せるや謙虚になったほど(苦笑)

当然ながらホンダの社長と言えばリスペクトの対象です。本田宗一郎さんとは若手のジャーナリストと紹介され2回くらい声を掛けてくれた程度だったものの、河島さんは御近所だったこともあり当時趣味で開いていたバイク屋に立ち寄って頂いた。久米さん、シカゴでNSXのアンベール行われた時にインタビュー。難しい人柄と言われていたけれど、その時は楽しいオヤジでした。

川本さんを最初にお見かけしたのが1983年のモンツァ。その後、何度か話を聞くチャンスを得た。素晴らしいエンジニアだったし経営者だったと思う。上の吉野さん、社長になると予想しておらず「引退視察ですよ」とマナウスで。バイクに強かった福井さんには何度かイジッてもらいました。N-BOXを立ち上げるなど低迷していたホンダを再浮上させたのが伊東さんだ。

伊東さんのインタビューです

ということで八郷さんです。おそらく今年6月に予定通りの任期で引退すると思われる。今までと同じであれば4月あたりに次期社長が解ります。ということは社長としてのパワーをしっかり行使できるの、残る2ヶ月程度(退任すると解った時点で誰も話を聞かなくなります)。このまま引退したら、今までの社長の中で一番良くない評価になってしまうだろう。

先達が苦心して立ち上げたイギリス工場を閉め、ホンダの夢であるF1から卒業を決め、日本じゃ売れないクルマばかり投入。このままだと後年、ホンダという”チーム”を分解したと評価されると思う。八郷さんにとって一番の「不運」は相方に恵まれなかったことである。八郷さん、人柄の良さでは歴代ホンダ随一かもしれません。私の笑顔、本心だったりして。

でも”ホンダらしい“功績は残せていない。「リストラして立て直した」という意見もあるけれど縮小均衡だけならクルマ好きから一目置かれるホンダの社長としちゃ物足りない。むしろ前述の通り「よくなかった」ということになってしまう。残念でならない。まだ2ヶ月ある! 前向きのブレーンと一緒に、何か素敵なタネを蒔いて欲しいと強く強く思う。

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